
こんにちは。寺田です

私たちは、静岡県に住んでいますが、各地方の方は東京に行くにはみなさんはどうしますか?
高速道路、高速バス、新幹線、在来線などいろいろな交通手段があります。
ではトイレには何で行きますか?自分の足ですか?
今日は介護の定義について書いてみたいと思います。
介護は、食事を手伝う。トイレを手伝う。入浴を手伝う。という認識では介護の一部分しか見ていないことになります。
介護とは、私の言葉で文章にしましたが、「病気や事故、あるいは先天的に、心身の不自由がな方がその人らしい自立(律)した生活を続けていくために支援していくこと」なのです。
一人でトイレに行きづらくなったのでその人にあったトイレに行く方法やトイレの方法を考えるのであって、介助の行為が介護ではなく、その前段階での思考のプロセスも含まれているのです。そして、考え出された介助方法がその人に合っているかもう一度考えると必要もあります。
その人に合った介助方法やその人らしい生活を実現するために考える
↓
その人とともに計画をする。
↓
それを実行をしてみる。
↓
その人に合っているか、その人らしい生活ができているか評価し、改善する。
を繰り返していくことが必要です。
そのためには、医療知識、介護技術、倫理、コミュニケーション技術、社会福祉援助技術、社会資源、福祉関連の法律等の知識が必要不可欠になります。
私たちが東京に行くのに、自分の足ではいけないので、何で東京に行こうか考えるように、足が不自由で自分の足でトイレに行きづらくなったから、何でトイレに行こうか考えるのです。
私はつい、手助けしてあげていると傲慢な心になったりしますが、何も特別なことをしていないんだ、私たちが移動手段として自家用車を使うように、私たちケアワーカーを使っていただいていいんだよ、と思うようにしています。少し違うかもしれませんが、これも共感的理解だと思ってみたりしています。
介護には、エビデンス(根拠)が必要だということ。
それがない一つ一つの介助は介護ではなく、身の回りのお世話をしているだけになってしまいます。
この部分の理解はとても重要で、これを理解しているかいないかはその人の発する言葉や態度になって現れますから一目瞭然です。
私は、まず介護とは、身の回りのお世話だけではないことを介護職員はきちんと理解しないといけないと思っています。
そして世間一般的なこの誤解をどう説明し理解していただくかも大きな課題だと考えています。
今日は、少し堅い話を書いてみました。最後まで読んでくださった皆様ありがとうございました。感謝です。
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